2012.03.11
posted by Trulie
あれから1年
あの地震から1年がたちました。
2012年の3月11日。
今日は、伊坂さんの新刊『PK』を読んで、友達といっしょに映画をみて帰ってきた息子といっしょに国会を囲む脱原発のヒューマンチェーンにでかけ、吉祥寺でご飯を食べて、アナログフィッシュの新曲「確率の夜、可能性の朝」を口ずさみながら夜道を帰ってきました。
「俺がここで、PKを決めて、そもそもサッカーの結果で、世の中に影響なんてあるのかな」と疑問をもったり(『PK』)、
「知らないうちに 気づかないように でも確実に夢は断たれてく」と歌いながら(「荒野」)、彼らの小説や音楽は、おおげさではないけれど確かな勇気を、僕たちにくれるような気がします。
「確率の夜を越えて
可能性の朝を行こう
今日は何かができそうだし
何にもできそうも無いよ
悲しい出来事さえ
可能性の一部だと
知ることで僕たちは
もっと自由になれそうだよ」
(「確率の夜、可能性の朝 feat.前野健太」
作詞:下岡晃 前野健太 作曲:アナログフィッシュ)
いま僕たちは、いろんな町へ出かけながら、
いろんな人と話したり、遊んだり、考えたり、絵を描いたり、映像を作ったりしています。
本を読み、音楽を聴き、展覧会にでかけ、ご飯やお茶を楽しみます。
お酒を飲みます。ひとりで。みんなで。
続いている悲しみ、散らばってしまった放射能、終わらないいさかい、困難な中での尊い勇気。いまの、そしてこれからの、みんなのこと、友達のこと、家族のこと、自分のことを考えます。
みんなが元気であることを祈ります。
自分にできることをやりながら、できなかったことをやろうと、眠い目をこすりながら、がんばってふとんから出ます。
そして僕たちはゲームを作ります。
ゲームは、アレックス・ランドルフが言ったように、「生き延びる(survive)」ために必要なものではありません。
これで景気がよくなるとか、誰かを救えるとか、そんな大それたこともないでしょう。
カードゲームやボードゲームにできるかもしれないのは、もっとささやかなことです。
いっしょに遊んだ人たちが、この世界での強さや弱さや悩みから離れて、引いたカードやサイコロの目に喜んだり悔しがったりして、顔を見合わせて笑いあう。
新聞にも、歴史の本にも記録されない、そんな小さな幸せの時間のきっかけになること。そんなことができれば、と僕らは願っています。
いい1年でありますように。
トゥルーリ・オカモチェク
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2011.10.25
伊坂さんの新刊『モダンタイムス』とアナログフィッシュのニューアルバム『荒野/On the Wild Side』が出た。
モダンタイムスは「実家に忘れてきました。何を? 勇気を」という書き出しで始まり、
荒野は「失う用意はある? それともほうっておく勇気はあるのかい」と歌う「PHASE」で始まる。
どちらも震災前に作られた作品だけれど、「検索」や「検閲」や「システム」や「ルール」や「戦争」や「真実」をめぐる戸惑いや怒りや思考が、たぶん作られた時に持っていた以上の意味を持ちながらせまってくる。
10/10にあった野音でのライブで、下岡くんはこんなことを言っていた。
「テレビを見たりとかしていると、自分たちも加害者なんじゃないかとか思えてきて、何も言っちゃいけないような気がしてきたりすることもあると思うんだけど、そんなことはないはず」だって。やみくもに「がんばろう」とか言うのではなく、なかなか言葉にできないけれど大切なことをすくいとるようなMCであり、ライブで、すばらしかった。
お互いの仕事を尊敬しあっている伊坂幸太郎&アナログフィッシュの作品は、
共鳴しあっているような気がする。
モダンタイムスの中で、「井坂好太郎」はこう言う。
「いいか、小説ってのは、大勢の人間の背中をわーっと押して、動かすようなものじゃねえんだよ。音楽みてえに、集まったみんなを熱狂させてな、さてそら、みんなで何かをやろうぜ、なんてことはできねえんだ。役割が違う。小説はな、一人一人の人間の身体に沁みていくだけだ」
「沁みていく? 何がどこに」
「読んだ奴のどこか、だろ。じわっと沁みていくんだよ。人を動かすわけじゃない。ただ、沁みて、溶ける」
なんだろう。
アナログフィッシュの音楽は、大勢の人間の背中をわーっと押すというより、一人一人の身体のどこかに沁みて、溶けるもののような気もする。
『モダンタイムス』も『荒野』も、ゆっくり沁みて溶ける勇気をくれる気がするのです。
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